「じゃーん、けん、ぽん!」

 

 

威勢の良い掛け声と共に祐巳はグーを出した

そして目の前の清子が出したのはチョキ

祐巳はそれを確認すると、ぱっと花が咲いたような満面の笑みを浮かべた

 

 

「やったぁ!わたしのかちだから、おかあさまがオニね」

 

 

「あらあら」

 

 

残念そうな口調とは裏腹にどこか楽しそうな様子の清子

無邪気に喜ぶ祐巳を、清子は微笑ましそうに見つめていた

 

 

休日の昼下がり

祥子もいなくて暇を持て余していた祐巳は、清子にかくれんぼをしようと提案したのだった

溺愛する愛娘の提案を清子が断るはずもなく

清子は喜んで、祐巳と一緒にかくれんぼをして遊ぶ事にしたのだ

 

幸いここは異常な広さを誇る小笠原邸

隠れる場所を探すのに困る事はない

鬼役を決めるじゃんけんに勝った祐巳は、どこに隠れようかと頭の中で考えを巡らせていた

小笠原家に来たばかりの頃はこの家の構造がわからず迷ったりもしていたけれど

しかし好奇心が旺盛な祐巳は暇を見つけては家の中をあちこち回って、今ではすっかり構造を把握していた

 

 

「それじゃあ、祐巳ちゃん。お母さまはここで100秒数えてるから、その間にどこかに隠れてね」

 

 

「うん」

 

 

「準備は良いかしら?」

 

 

「うん!」

 

 

そわそわして、待ちきれないというように祐巳は声を弾ませる

 

 

「それじゃあ、数えるわよ。いーち、にーい、さーん、・・・・・・・・・」

 

 

清子が数え始めると同時に、祐巳は元気よく駆け出していった

 

 

・・・・・・・・・

 

 

・・・・・・・・・

 

 

・・・・・・・・・

 

 

・・・・・・・・

 

 

「・・・・・・・・・困ったわ」

 

 

今度は本当に困ったような表情で、清子はちらりと壁掛け時計に目をやった

時刻は午後3時前

祐巳とかくれんぼを始めてからかれこれ2時間近く経過している

しかし、祐巳の姿は未だに見つかっていなかった

 

 

「祐巳ちゃん、一体どこに隠れてしまったのかしら・・・・・・・・・」

 

 

足を止めて、はぁ、と溜息を零す

こんな事なら、事前に隠れられる範囲を決めておけば良かったわね

清子は途方に暮れて、そう呟いた

 

本当はもっと早く見つけられると思っていた

広いといっても家の構造は良く知っているし

子供が身を隠しそうな場所というのも大体見当はついていたのだけれど

思いつくところを全て探し回っても、祐巳の姿は一向に見つからない

祐巳を見つけて、「見ーつけた」なんて言いながら祐巳を優しく抱き上げてあげようと思っていたのに

しかしそんな清子の妄想も未だに現実にはなっていなかった

 

 

「また捜索隊を組む訳にもいかないし・・・・・・」

 

 

以前は家の中で迷子になってしまった祐巳を探す為に、人員を総動員して捜索したものだけれど

今回はその時と違って祐巳は見つからないようにと息を潜めて姿を隠している

そもそもこれは遊びなんだし、本当にそんな事をやったら祐巳から「ずるい」と怒られてしまいそうだ

だけどやっぱり清子は、遊びとは言え祐巳の姿がずっと見えないと不安になってしまうのである

 

 

「一体、どうしたものかしら。・・・・・・・・・あ」

 

 

再び時計に目をやった清子は、何か思いついたように小さく声を上げた

時計の針は3時を少し過ぎた辺りを指している

それを見た清子は、パンと一つ手を叩いた

 

 

「良いこと思いついちゃった」

 

 

どうやら名案が浮かんだらしい

清子は小さく笑みを零すと、軽い足取りで廊下へと出て行った

 

 

 

 

 

清子がやってきたのは、一番最初に探した部屋だった

来客用の部屋で、普段は使われていない

窓から差し込む午後の日差しがうっすらと埃を浮かび上がらせ、辺りはしんとした静寂が満ちていた

 

清子は中をぐるりと見回すと、大きく息を吸う

そして

 

 

「祐巳ちゃん、おやつの時間ですよ」

 

 

・・・・・・・・・

 

 

虚空の空間にそう問い掛けてから、清子はじっと耳を澄ませる

特に何も物音が聞こえないと分かると、今度は隣の部屋へと向かった

そして、そこでも

 

 

「祐巳ちゃん、3時よ。おやつの時間よ」

 

 

・・・・・・・・・

 

 

これが清子が思いついた作戦だった

午後3時はお茶の時間と決めている清子

休日で祐巳が家に居るときは一緒にお茶とお菓子を頂くのである

無類のお菓子好きな祐巳なら、この言葉に反応して出てくると清子は思ったのだ

この方法で一つ一つの部屋を確認していけば、きっと祐巳は見つかるはずだと

そして

 

 

この作戦を始めて、5つ目の部屋に入った時の事だった

 

 

「祐巳ちゃん、おやつの時間よ。今日は焼きたてのスコーンですって」

 

 

清子が大きな声で言うと、部屋の奥にある衣装箪笥の中でがたんと物音がした

清子は足音を立てないよう注意しながら衣装箪笥へを向かい、そして静かにゆっくりと戸を開いた

 

 

「・・・・・・・・・祐巳ちゃん?」

 

 

奥に向かって清子が問い掛けると、乱雑に積まれている衣装がごそりと動いた

清子は身を屈めて、丁寧に衣装をどける

果たしてそこには、衣服を被って丸くなっている祐巳の姿があった

 

差し込む光に眩しそうに目を細めている祐巳を、清子は優しく抱き上げる

 

 

「祐巳ちゃん、見ーつけた」

 

 

こうして祐巳と清子のかくれんぼは、清子の作戦勝ちに終わったのだった

 

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

 

「おかあさま、ずるい・・・」

 

 

不満そうに口を尖らせる祐巳の頭を、清子は優しく撫でる

 

 

「ふふ、ごめんなさいね、祐巳ちゃん。こうでもしないと見つけられないと思って」

 

 

「ぜったい、みつからないとおもってたのに・・・」

 

 

「でも、祐巳ちゃんもお腹空いたでしょう?」

 

 

「うん」

 

 

素直に頷く祐巳に、清子は可笑しそうに微笑んだ

 

 

「私もよ。さ、お茶にしましょうか」

 

 

「うん!・・・・・・・・・ね、おかあさま」

 

 

「なぁに?祐巳ちゃん」

 

 

「おかあさま、どうしてそんなにニコニコしてるの?」

 

 

「ふふ、それはね」

 

 

清子は祐巳をひょいと抱き上げると、愛しそうにぎゅっと抱きしめる

腕の中の温もりに清子は心が満たされていく気がした

確かな存在感を持った清子の幸せが、そこにあった

 

 

「やっぱり私は祐巳ちゃんを探しているより、こうして一緒に居る方が好きだからよ」

 

 

その言葉を聞いて、祐巳も微笑んだ

 

 

「うん。わたしも、おかあさまといっしょにいるの、だいすき」

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