「うふふ」

 

 

清子は満足そうな笑みを浮かべると鏡の前で軽やかに身体を一回転させた

それに合わせて深緑色のスカートがふわりと舞う

清子は、リリアン女学園高等部の制服に身を包んでいた

 

 

「あまり違和感無いわね。まだ私も現役でいけるんじゃないかしら」

 

 

とある日曜日の昼下がりの一幕である

退屈に身を持て余していた清子は祥子の制服を拝借して、一人でこんな遊びをしていたのだった

祥子は山百合会で何か集まりがあるらしく外出してしまったし

融も仕事の付き合いとか何とかで出かけてしまった

祥子も融も本当は祐巳と一緒に休日を過ごしたかったらしい

本当に嫌々ながらという様子で家を出て行った

 

そんな中ただ一人だけ用事もなかった清子

今日は久しぶりに親子水入らず祐巳と2人きりで時間を過ごそうと思っていたのだが

ところがどっこい、本日は松平のご令嬢が遊びに来ていたのでそれも叶わなかった

 

要するに清子は、とんでもなく暇だったのである

あまりに退屈すぎて、その結果、冒頭のような奇行に走ってしまったのであった

 

 

スカートの裾をつまんで清子は鏡の中の自分に気取ったようなお辞儀をする

 

 

「ふふ、何だか懐かしいわね。昔を思い出すわ」

 

 

微笑みながら清子は楽しげに呟いた

退屈だった気分はどこへやら

まだまだ制服が似合う自分にすっかりご機嫌な様子の清子である

自分の制服姿を誰かに見せたい

ついにはそんな危険な衝動に駆られる始末

清子はもうノリノリだった

 

 

清子は部屋を出ると当ても無くゆっくりと廊下を歩いた

まるで学生に戻ったような気分だった

しばらく歩いて、やがて向こう側の曲がり角から人影が現われる

使用人だった

 

 

 その姿を確認すると清子は淑女らしくおしとやかに頭を下げて、

 

 

「ごきげんよう」

 

 

と優雅に挨拶をしてみせた

(ちなみに清子の脳内設定だとこの使用人は先生という事になっている)

 

 

「・・・・・・・・・」

 

 

そして自分の主人の制服姿に面食らって言葉を失う使用人

 

 

「あ、あの、奥様?一体何を・・・」

 

 

懸命に意識を現実に繋ぎとめて使用人が尋ねる

すると清子は悪戯っぽく微笑んでその場で身体を一回転してみせた

 

 

「ふふ、どうかしら。似合う?」

 

 

使用人は頬を引きつらせながら答えた

 

 

「は、はぁ・・・とてもよくお似合いです、奥様」

 

 

「あら、本当?」

 

 

「ええ、自分の目が信じられないくらいです」

 

 

色んな意味で、と使用人は思ったが立場上それは口に出せなかった

 

 

「ああ、そうだわ」

 

 

何か思いついたらしい清子が、使用人に尋ねた

 

 

「ねえ、祐巳ちゃんは今どこにいるかしら。お部屋?」

 

 

「え?あ、はい。祐巳お嬢様はご自分の部屋で、瞳子お嬢様と一緒に」

 

 

「そう。わかったわ、部屋にいるのね」

 

 

清子はそう言うと足取りも軽やかに歩き出した

鼻歌交じりのご機嫌な様子で

使用人が慌ててその背中に声をかける

 

 

「お、奥様、まさかそのお姿を祐巳お嬢様に」

 

 

「そうよ。祐巳ちゃんにもお母さまの可憐な姿を見せてあげるの」

 

 

祐巳ちゃん驚くかしら、と楽しそうに祐巳の部屋に向かう清子

そんな清子を使用人は半ば呆れ気味の眼差しで見送った

そりゃ誰だって驚くでしょうよ、と

 

 

「・・・祐巳お嬢様に幻滅されなきゃいいんだけど」

 

 

ぽつり、と呟いた使用人の言葉は静寂の中に溶けて消えていった

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

「祐巳ちゃん?入っても良いかしら」

 

 

こんこん、とドアをノックする

しかし中からの反応は無し

不思議に思って清子がゆっくりとドアを開けてみると

 

 

「・・・・・・あらあら」

 

 

目の前の微笑ましい光景に清子は目を細める

昼食を食べて眠くなってしまったのか、お昼寝中の祐巳の姿がそこにあった

そしてそんな祐巳にぴったりくっ付いて添い寝をしている松平瞳子嬢

普段の素直じゃない態度はどこへやら

とても穏やかな表情で寝息を立てている

こういう時は素直なのね、と清子は苦笑交じりに呟いた

 

 

「・・・でも、お友達より上の関係は許しませんからね」

 

 

しかしそこは親としてしっかりと釘をさしておく清子であった

 

 

愛娘の寝顔をしばらく堪能した後、清子は優しく祐巳の身体を揺すった

 

 

「祐巳ちゃん?・・・祐巳ちゃん、起きて」

 

 

「んー・・・・・・」

 

 

呑気な声を漏らしながら祐巳がゆっくりと瞼を開いた

ごしごしと目をこすりながら緩慢な動作で上体を起こし、寝ぼけ眼で清子を見上げる

そんな祐巳につられて隣で寝ていた瞳子も目を覚ました

 

リリアンの制服に身を包んでいる清子に瞳子は目を見開いた

 

 

「・・・さやこ、おばさま?そのかっこうはいったい」

 

 

「ふふ、どうかしら瞳子ちゃん。この制服、似合って」

 

 

「・・・おねえさま?」

 

 

・・・・・・・・・

 

 

「「・・・・・・・・・は?」」

 

 

祐巳の口から出てきた予想外の一言に、清子と瞳子は固まった

 

 

「・・・おねえさま、かえってきたの?おかえりなさい」

 

 

まだ夢の中に片足を突っ込んでいるような虚ろな表情で祐巳は言った

そしてそのままふらふらと清子の腕の中に収まった

どうやら壮絶に寝ぼけているらしい祐巳の目には、制服を着た清子が祥子に見えているらしかった

親子というだけあって祥子と似ている容姿と、ある意味祥子より少女らしい清子の雰囲気がなせる業だった

 

 

「ゆ、ゆみさま?なにをおっしゃっているんです、このかたは」

 

 

祥子お姉さまではなくて清子小母さまです

瞳子はそう言おうとしたけれど、しかし清子が瞳子の目の前に手を突き出してそれを阻止した

 

こほん、と清子が一つ咳払いをした

 

 

「祐巳ちゃん・・・・・・いえ、祐巳。もう一度私のこと呼んでくれるかしら?」

 

 

「・・・? おねえさま」

 

 

「もう一度」

 

 

「おねえさま」

 

 

「もう一度、お願いしてもいいかしら」

 

 

「おねえさま?」

 

 

「・・・・・・・・・」

 

 

はぁ、と感慨深げに溜め息を零す清子

腕の中の祐巳をぎゅっと抱きしめる

どうやら祐巳に「お姉さま」と呼ばれるのが新鮮で嬉しいらしかった

 

 

(・・・ずるいわ祥子さん、祥子さんはいつも祐巳ちゃんにこんな風に呼んでもらっているのね)

 

 

幸せのあまり昇天寸前の清子

清子が新たな喜びを見出した瞬間だった

 

 

 

 

その後、自分の間違いに気がついた祐巳は顔を真っ赤にして恥ずかしがっていたが

しかし祐巳に何度もお願いしては「お姉さま」と呼んでもらっていた

その後それを知った祥子に怒られて表向きは止めるようにしたが

それでも清子は時々は、祥子に内緒で祐巳にお願いしてこう呼んでもらうのであった

 

 

「おねえさま」

 

 

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