目の前の光景に祥子は頭を抱えた

一体どうしてこんな事にしまったのかしら、と

祐巳との穏やかな時間は一体どこに、と

思い描いていた甘い幻想は、しかし今や影も形も見えなくなってしまっていた

 

 

「ゆみさま。ぜひ、わたしのおうちに、あそびにいらして

 

 

と、熱心に誘っているのは、祐巳と同い年の西園寺ゆかり嬢で

 

 

「ゆみさま、ゆみさま。わたしのおうちのおにわに、キレイなおはながさいていますの。ぜひ、みにいらして」

 

 

と、祐巳の手を両手で包み込むように握っているのが京極貴恵子嬢

 

 

「ゆみさま。わたし、おべんきょうで、わからないところがあるの。だから、おしえてください」

 

 

と、祐巳の服をくいくいと引っ張りながら綾小路菊代嬢

 

 

「ゆみさま。みなさまのことはいいですから、またいつものように、わたしとおひるねしましょう」

 

 

そして、祐巳の妹という立場からかフフンと余裕の表情で松平瞳子嬢

 

 

祥子の眼前で繰り広げられている、4人のお嬢様方による壮絶な祐巳取り合戦

最初は名家のご令嬢らしくお上品かつ和やかに進んでいたのに

しかし次第にヒートアップし、今ではお互いに火花を散らす程の白熱ぶりである

こうなる事は予想していたとは言え、さすがにため息を零さずにはいられない祥子であった

 

 

 

西園寺、京極、綾小路、松平のお嬢様方が突然小笠原の別邸を尋ねたのは木曜日の午後だった

カナダ行きをキャンセルして祐巳を追いかけてきた瞳子は別として

他の3名は内心穏やかではない心中で小笠原家の門をくぐったのだった

何しろあの憧れの"祥子お姉さま"に妹が出来たというの

しかもその妹に対する祥子の溺愛ぶりと言ったら至るところで噂に上るほどだった

 

 

祥子お姉さまのご寵愛を一心に受けられるなんて

そんな羨望と嫉妬が入り混じり、そしてそれは明確な敵意の刃となった

どんな人間なのかは知らないが、気に入らなかったら容赦なく攻撃してやろう

そのくらいの気概を持って、ゆかり、貴恵子、菊代の3人は祥子を訪ねたのである

 

 

ところが

 

 

「はじめまして、おがさわらゆみです。みんな、よろしくね」

 

 

にっこりと微笑みかけられて、最初に綾小路菊代が落ちた

そして話をしている内に西園寺ゆかりも

京極貴恵子は何とか頑張って耐えていたが、やっぱり結局は祐巳に惹きこまれる事となった

 

 

皆が皆、最初は嫌っていたのにすぐにすっかり虜になってしまった

そういえば瞳子ちゃんもこれと同じパターンだったわね、と祥子は思い出す

小笠原の養子となって祥子の妹に収まった祐巳

瞳子たちからすれば、最初は大好きな祥子を突然横取りされてしまったように感じられたのだろう

祐巳を敵視してしまうのも仕方がないと言えるかもしれなかった

 

 

しかし、実際はその祐巳にあっさり惹かれてしまった訳で

そして逆に、祐巳を独占している祥子に対して敵意を燃やしているのが現実である

まぁ、そうなってしまうのは覚悟の上だったのでそこは仕方がないと言えば仕方がないけれど

でも祐巳との時間を奪われてしまう事だけは祥子には我慢ならなかった

 

 

優と祐麒の場合は構わない

あの2人は信用してるし、祐巳も祐麒に会いたがっているという意味ではそれは必要な事だと言えるから

しかし目の前の4人は違う

祐巳に関しては自分とは決して相容れない面を持つ、祥子の障害となりうる存在たちなのである

 

 

(あぁ、祐巳と2人きりで過ごすはずだった、午後のお茶の時間が………)

 

 

こめかみに手をあててひっそり嘆く祥子

出来る事なら4人には今すぐに強引にでもお帰り願いたいところだったが

しかし祐巳の手前、大人げなく怒声を上げる訳にもいかない

それに同年代のお友達が出来て祐巳も嬉しそうにしている

そんな祐巳の姿を見ているととても文句を言う事はできなかった

今はただじっとひたすら耐えるのみの祥子である

 

 

 

(我慢、我慢よ、祥子。祐巳の前で、大人気ない姿は見せられないもの………)

 

 

 

そうこうしている内に、西園寺ゆかり嬢はまたしても祐巳に迫っていたのだった

 

 

「ゆみさま。ぜひ、わたしといっしょに、ごごのおちゃを………」

 

 

「あのね、ゆかりちゃん。祐巳は私と午後の紅茶を頂く予定になっているの。

だから今日は、と言うか、永遠に遠慮して頂戴。ね?」

 

 

「………」

 

 

ところが忍耐の心はどこへやら

素敵な笑顔を浮かべながら、祥子が速攻で話を遮った

 

 

「ゆみさま。わたしのおかあさまが、びょうきになってしまったの。だから、おみまいに………」

 

 

「貴恵子ちゃん。後で小笠原家から、お見舞いの花束をトラック一台分贈っておくから。それで良いわよね?」

 

 

「………」

 

 

またしても祐巳が答える前に、祥子が体ごと割って入る

 

 

「あの、ゆみさま、」

 

 

「菊代ちゃん。何かは知らないけど、遠慮して頂戴ね」

 

 

「………」

 

 

有無を言わさず問答無用でことごとく断りを入れる祥子

最初は「姉らしく」できるだけ寛大な表情を装っていたのだけれど

しかしやっぱり祐巳との時間を取られそうという危機感を感じると地が出てくる祥子である

そう、祐巳との時間は何よりも最優先

それを邪魔する者は例え薔薇さまだろうが子供だろうが容赦しない

それが小笠原祥子という人間なのであった

 

 

 

勝ち誇った笑みを浮かべる祥子

しかし、そんな祥子の態度には、やっぱり子供たちも面白くないと感じるわけで

元来プライドが高く負けず嫌いなお方たちである

いがみ合っていた4人は共通の敵を認識すると、お互いに頷きあった

ライバル同士が一致団結した瞬間だった

 

 

「………さちこおねえさまは、ずるいわ」

 

 

綾小路菊代が非難の口火を切った

恨みの篭った目で祥子をじっと睨んでいる

嫉妬を込めた突き刺さるような視線

そしてそれに追従するように、京極貴恵子も続く

 

 

「あさも、ばんも、ゆみさまをひとりじめして」

 

 

西園寺ゆかりも他の2人に負けないくらいの怨念を含ませて言葉を吐く

 

 

「なのに、ほんのすこしのじかんも、わたしたちにわけてくださらない」

 

 

そして、止めの瞳子の一言

 

 

「なんて、ごうよくなの」

 

 

「な、何ですって………!」

 

 

名家のお嬢様方の思わぬ反撃

さしもの祥子の声も怒りに震えていた

もともと強引に押しかけてきたのはそっちなのに

その上、祐巳まで奪っていこうだなんて

 

 

(強欲なのは一体どっちよ………!)

 

 

なんて祥子は思ったが、しかし子供相手に口論というのも情けない

それにマリアさまは見ていないが祐巳が見ている

祥子は一つ大きく深呼吸をして余裕を取り戻し

そしてどちらが正しいのかを諭そうと、4人へ向き直った

 

 

「あのね、皆、」

 

 

「ね、おねえさま」

 

 

祥子が何かを言いかけたのと同時に、祐巳が口を開いた

 

 

「あら、どうかして?祐巳」

 

 

そして祐巳にだけ見せる優しい笑みを浮かべて、祥子は祐巳の方へと顔を向ける

 

 

「みんなのおうちに、あそびにいってきても、いい?」

 

 

「え?」

 

 

祐巳のまさかの言葉に、祥子の瞬間的に笑顔が凍りつく

 

 

「………祐巳。もう一度言ってくれるかしら」

 

 

「うん。みんなのおうちに、あそびにいっても、いい?」

 

 

「………」

 

 

まさかの言葉に笑顔を貼り付けたまま固まってしまう祥子

そしてそれを聞いて欄と目を輝かせるお嬢様方4名

祐巳は小首を傾げて、祥子に聞いた

 

 

「わたし、みんなと、もっとなかよしになりたいの。ね、だめ?」

 

 

「もちろん良いわよ祐巳、楽しんでいらっしゃい」

 

 

条件反射的に即座に出てきた、本音とは裏腹な言葉

しかも素敵な笑顔付きで言ってしまう自分が恨めしい

けど、祐巳に可愛らしく「だめ?」なんて言われて、祥子に「駄目」なんて返せる訳ないのだ

 

 

どんなに頑なな祥子の意思も、祐巳の無邪気なおねだりの前には無力だった

つくづく祐巳に甘く、祐巳のお願いはほとんど無条件で聞いてしまう

そんな自分の悲しい性に、ため息を零さずにはいられない祥子だった

 

 

 

 

 

 

………

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、おねえさま、いってきまーす」

 

 

「行ってらっしゃい、祐巳。………夕方までには、いえ、出来るだけ早く帰ってくるのよ」

 

 

祥子のさり気ない本心がぽつりと出てくる

しかし果たしてあのお嬢様たちが祐巳を素直に帰してくれるだろうか

そう思った矢先に、祐巳以外の4人が祥子の方へちらりと振り向き、にやりと笑みを浮かべたのだった

頭痛と共に、祐巳たちの背中を見送る祥子だった

 

 

 

祐巳たちの背中がすっかり遠くなってしまった頃、祥子はぽつりと呟く

 

 

 

「姉の心、妹知らず………ね」

 

 

 

哀愁漂わせてじっと佇む祥子

午後に過ごすはずだった2人の甘い時間はどこへ、と嘆く

しかし、これはまだ不幸の序章に過ぎない事を、祥子は知らないのであった

 

 

inserted by FC2 system