「では山村先生、少し早いですけど失礼します」

 

「お疲れさま、支倉さん。ごきげんよう」

 

「はい、ごきげんよう」

 

部活を終えて外に出ると柔らかく風がふいた

私の頬を優しく撫でるそれは、疲労で重くなった体を幾分か軽くしてくれる

 

いつもより早く部活を切り上げて私は由乃を迎えに幼稚舎へと向かった

片手にはお菓子の入った手提げ袋

幾分か量が多いのは、祐巳ちゃんの分も入っているからだ

由乃を迎えに行く訳だけど、祐巳ちゃんに会えると思うとやっぱり嬉しい

 

 

由乃の親友の祐巳ちゃん

あの子は本当に良い子だ

どこか抜けているところがあるけど何事にも一生懸命だし

無邪気で可愛いし

私がお菓子を持っていってあげると心の底から喜んでくれるし

由乃が色んな意味でぞっこんなのも判る気がする

 

そんなものだから最近はお菓子を作るのも楽しく感じられるのである

お菓子を作っている時、祐巳ちゃんの事を考えるとつい砂糖の分量を増やしてしまうくらいだ

 

彼女と初めて会ったときに、

 

『ごきげんよう、れいおにいさま』

 

と真顔で言われたのも今となっては良い思い出だ

中性的な顔立ちをしているのは自分でも良く知っていたし、間違えてしまったのも無理はなかった

あの時は本当に凹んだけどね

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

砂場で遊んでいた由乃、祐巳ちゃんと、下級生3人の姿を見つける

いつもと変わらぬ顔ぶれについ私も苦笑してしまった

仲が良いから一緒に遊んでいるというよりかは、祐巳ちゃんを巡って水面下での攻防を繰り広げていると言った方が正しい

一見楽しそうだけど時折けん制するように厳しい視線をお互いに向けているし

祐巳ちゃんは鈍感だからまだ気付いてないけど、きっと将来は周囲の人間関係に苦労するに違いない

 

「あ、れいちゃん」

 

由乃がいち早く私に気付くと、他の子達も一斉に私に視線を向けた

 

「れいさま!ごきげんよう」

 

「ごきげんよう、祐巳ちゃん。皆で何してるのかな」

 

ちらりと辺りを見回してみる

水の入ったバケツとスコップ、その横には砂を水で固めて球状にしたものが並べられていた

ああ、と私は納得する

泥団子を作ってたんだ

 

「お団子作ってたんだ。私も昔よくやったなぁ」

 

それでよく先生に「これ食べて」なんて言って困らせたっけ

 

「じょうずでしょ」

 

「うん、美味しそうだね」

 

「れいちゃんにあげる」

 

「はは、有難う」

 

ひょいと一つ泥団子を手にとってみる

表面は乾いていて、少し触るとさらさらと砂が零れ落ちていった

夕暮れ前のちょっとくたびれた空気の中で風に舞う砂を眺めていると、何だか感傷的になってくる

間もなく日は落ちて、友達と別れて、家に帰るんだって

指の間から零れ落ちる砂粒はそれを示しているんだって

昔はそれが残念で残念で仕方なかったものだ

 

 

あの頃の自分を思い出してちょっとセンチメンタルな気分になっていると、由乃が噛み付くように声を上げた

 

「れいちゃん、はやくたべてよ」

 

「そうだね、せっかく皆が作ってくれたんだからね」

 

苦笑しながら泥団子を口元に持っていって、それを食べるジェスチャーをする

思い返せば昔、先生もこうやって泥団子を食べる仕草をしていたっけ

先生は笑顔で「ごちそうさま、美味しかったわよ」って言ってくれて

私はそれを見てほんの少し幸せな気分になったりした

 

それで私は充分だった

実際はこれは食べられないなんてもちろん私も知っていた

先生もそれを判っていたと思う

それでも自分の為に作ってくれたっていう気持ちが嬉しくて、先生は実際に食べるようなジェスチャーをしてくれたんだ

私の気持ちに応えたいっていう一心で

あの時の先生の気持ちが、今なら分かる気がする

 

皆の顔を見回してから、私はにっこり笑った

 

「ごちそうさま、美味しかったよ」

 

祐巳ちゃんが嬉しそうに顔を輝かせた

当時の私と全く同じ反応をしたものだから、つい頬が緩んでしまう

きっと今、祐巳ちゃんは幸せな気分に違いなかった

 

 

しかしあからさまに不満そうな顔をしている子がいた

由乃だった

何かまずい事をしてしまったのだろうかと、慌てて訊ねる

 

「よ、由乃?どうしたの?」

 

「れいちゃんのうそつき!たべてないじゃない!」

 

「えぇ!?」

 

そ、そんな事言われても

だって実際に食べられるわけないし

っていうか由乃、それを知っている上で私に「食べて」って言ってたんじゃなかったの

 

「よしのさん、これたべられないよ」

 

くいくいと由乃の制服の裾を引っ張りながら、祐巳ちゃんが珍しくまともにつっこむ

しかし由乃は振り返るとちょっと誇らしげに祐巳ちゃんに言った

 

「ゆみさん、れいちゃんは、わたしのきたいをうらぎったことはいちどもないのよ」

 

嬉しい事を言ってくれるけど今その言葉は厳しい

 

「でも・・・」

 

「れいちゃんはこれたべてくれるっていったもの。れいちゃんはうそつかないのよ」

 

「ちょ、ちょっと由乃・・・」

 

「はい、れいちゃん」

 

由乃が側にあった泥団子を私に手渡して、脅迫的な笑顔で私に迫る

 

「たべてくれるわよね?」

 

子悪魔だ

可愛いけど子悪魔だ

何だか祐巳ちゃんもそれで納得しちゃったのか期待に満ちた目で私を見ているし

そんな顔をされると何だか夢を壊すようで私も断りにくいんだけど

 

しかしこれを本当に食べるのはあまりにもダイナマイト

でも皆すごいワクワクした顔で私を見ているし

どうしよう

 

「ほら、れいちゃん」

 

「れいさま、はやく」

 

「れいさま、わたしたちいっしょうけんめいつくったんですよ」

 

「ばらのつぼみともあろうかたが、まさかウソはつきませんわよね」

 

口々に皆が声を上げる

もうすっかり私が本当に食べてくれると思い込んでいるようだ

 

「え、えっと・・」

 

ちらりと祐巳ちゃんに視線を向けた

純粋な目をしていた

絶対に私は泥団子を食べてくれるという確信と期待に満ちた目

 

 

(うぅ・・・仕方ないなぁ・・・)

 

 

私は目を瞑って、一気に泥団子を口の中に押し込んだ

剣道で培った精神力で心を無にしながら、一生懸命租借する

ざらざらした感触が口の中に溢れて気持ち悪い

何度吐き出しそうになった事か

けど、私は頑張って無理矢理喉の奥に流し込んだ

 

ぐるりと皆の顔を見回して、私は無理をして笑う

 

 

「ご、ごちそうさま・・・美味しかったよ・・・うっ」

 

 

そこで急に世界がぐにゃりと曲がって、意識が遠のいていくのを感じた

どうする事も出来ず私はそのまま後ろに倒れこむ

同時に、悲鳴のような声が辺りから一斉に上がった

 

「れいちゃん!」

 

「れいさま!」

 

皆が私の名前を叫びながらがくがく揺さぶる

 

「ぐふっ・・・よ、由乃、祐巳ちゃん、食べたよ・・・」

 

気力を振り絞って精一杯言葉を絞り出した

ここまでして皆の夢を守った自分が、何だか誇らしかった

満足だ

 

 

しかし

 

 

薄れ行く意識の中、誰かが呆れたように呟いた

 

 

「・・・ほんとうにたべちゃいましたね」

 

 

「しょうじきなのも、ここまでくるとかんがえものですわ」

 

 

・・・・・・・・・

 

 

そりゃないよ、と心の中で突っ込んでから、私の意識はぷっつり途絶えた

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