「それで、祐巳ちゃんは薔薇さま達からロザリオを頂いたの」

 

「うん」

 

「三薔薇さまからロザリオを頂ける子なんて、きっと後にも先にも祐巳ちゃんだけね」

 

「えへへ」

 

志摩子の膝の上で、祐巳は嬉しそうに笑う

すぐ傍で見ていた志摩子も、それにつられて優しく微笑んだ

 

 

 

放課後

銀杏の木の中の、桜が一本だけ混じっている場所で、祐巳と志摩子はのんびり時間を過ごしていた

祐巳の胸元では先日貰った3つのロザリオが輝いている

 

実は祐巳はそのロザリオの重みなんてあまりよく判っていないのだけれど

生徒の憧れの的の、麗しの薔薇さまも祐巳からすれば「優しいお姉さん」程度の認識なのだ

でも普段は威厳溢れる蓉子でさえ祐巳の前では甘い顔をするものだから、それも仕方の無い事だった

 

 

 

「祐巳ちゃん、どうして薔薇さま達が祐巳ちゃんにロザリオを渡したか、知っている?」

 

突然志摩子にそんな事を訊かれ、祐巳はう〜んと唸りだす

 

「えーと、しまいになりたいから」

 

蓉子がロザリオを渡すとき、確か『私達は姉妹になるのよ』と言っていた

と言う事は、姉妹の関係になりたいからロザリオを渡すのだ

祐巳は一生懸命考えて、そう結論付ける

 

「じゃあ、どうして姉妹になりたいと思ったのかしら」

 

「えっと・・・・・・もっと、なかよしになりたいから?」

 

自信無さげに、祐巳は志摩子の顔を見上げた

何だかまるで志摩子が下す審判を緊張しながら待っているような表情で

少しの間の沈黙が続いて、志摩子は目を細めると、優しく祐巳の頭を撫でた

 

「そう。皆、祐巳ちゃんが大好きで、仲良しになりたいからロザリオを渡したのよ。それでね」

 

志摩子は一旦言葉を切って、膝の上から祐巳を降ろす

 

「私も、祐巳ちゃんともっと仲良しになりたいの」

 

「へ?」

 

志摩子はポケットからロザリオを取り出すと、祐巳の目の前で輪の部分を広げて見せた

祐巳はほんの一瞬だけ呆気に取られた顔をすると、すぐにぱっと目を輝かせた

志摩子もロザリオをくれるのだ

 

「祐巳ちゃん、私のロザリオも受け取ってくれるかしら?」

 

「うん!」

 

今まで以上の、満面の笑顔を浮かべて祐巳は即答した

だって志摩子がロザリオをくれると言うのだ

憧れの志摩子が、「もっと仲良くなりたい」と言ってくれたのだ

嬉しくないわけが無い

 

 

ゆっくりと自分の首にかけられていく志摩子のロザリオを肌で、心で感じる

蓉子たちから貰ったときも嬉しかったけど、志摩子のは別格だ

何だか体が熱くなってくるような不思議な高揚感

ただ単純に嬉しいとか、そういう次元じゃない

 

 

ゆっくりと静かに心の中が温かいもので満たされていくような感覚

それはきっと、幸せと呼ばれるものに違いなかった

 

 

新たに首にかけられた4つ目のロザリオ

満足そうにそれを見つめている祐巳にそっと語りかけるように、志摩子は口を開く

 

「それで祐巳ちゃん、さっきのロザリオの話の続きなのだけれど」

 

「うん」

 

「ロザリオには、おまじないがかけてあるの」

 

「おまじない?」

 

「そう。一生、仲良くいられますようにって、そういう願いが込められているのよ。

ずっと一生仲良しで居たいって思う人に、皆はロザリオを渡すの」

 

「じゃあ、しまこさまとずっとなかよしでいられるんだ!」

 

花が咲いたような笑顔で、嬉しそうに祐巳が言った

しかし志摩子はそれとは対照的に、何故か表情に影を落としていた

思わぬ志摩子の反応に祐巳も戸惑う

 

少し会話が途切れた後、志摩子が重々しく口を開いた

 

「祐巳ちゃん、本当はね、ロザリオは1つしか持ってはいけないの」

 

「え?」

 

「ロザリオは1つじゃないと、願いは叶わないのよ」

 

「・・・・・・そうなの?」

 

さっきまでの浮かれ気分はどこへやら

一気にトーンダウンして、祐巳は静かに自分の胸元を見下ろした

視線の先では4つのロザリオが光を受けて燦然と輝いている

 

祐巳は困惑の表情を浮かべていた

これではロザリオに込められた、ずっと仲良しでいられるという願いが叶う事は無いのだ

だって自分は1つどころか4つもロザリオを持っているのだから

祐巳は今にも泣き出しそうに、顔を歪める

 

そんな祐巳を見ていた志摩子が、安心させるような、柔らかい口調で言った

 

「祐巳ちゃんも、ロザリオを誰かに渡せば良いのよ」

 

「・・・わたしが?」

 

何だかよく判らない、という表情の祐巳に言い聞かせるように、志摩子は続ける

 

「そう。薔薇さま達がロザリオを渡したのは、祐巳ちゃんともっと仲良しになりたいから。

祐巳ちゃんもそういう、もっと仲良しになりたい子にロザリオをあげれば良いと思うわ」

 

「わたしが、もっとなかよしになりたいひと?」

 

「ええ。4つのうち、3つを誰かにあげるの。そうすれば、その子たちとはもっと仲良しになれるし、

祐巳ちゃんの持っているロザリオも1つになるから、願いが叶うようになるわ」

 

志摩子の言葉がまるで魔法のように聞こえた

なるほど、確かにそうすれば上手くいく

自分の願いも叶うし、自分がロザリオをあげた子達とはもっと仲良しになれる

 

祐巳は志摩子を尊敬の眼差しで見つめた

一石二鳥の解決策を教えてくれた志摩子はやっぱり凄い人だと思いながら

 

「祐巳ちゃん、誰かもっと仲良しになりたい人っているかしら」

 

もっと仲良しになりたい人

少し考えて、ぱっと浮かんだのは

 

「おねえさま」

 

「祐巳ちゃん、ロザリオは自分より年下の子にしかあげられないの」

 

「そうなの?う〜ん、それじゃあ・・・」

 

自分より年下

それで、もっと仲良しになりたい人

 

 

そうだ

 

 

いるではないか

しかもちょうど都合良く3人

 

 

「のりこちゃん、とうこちゃん、かなこちゃん」

 

祐巳が挙げたのはいつも一緒に遊ぶ信号トリオ

3人の名前を口に出しながら、これが最善の選択だと祐巳は思った

誰かにあげるロザリオは3つ、年下でロザリオをあげようと思った子の人数も3人

これならピッタリだし、あの3人ともずっと仲良しでいたいと祐巳は思っている

完璧だった

 

「そうね。それが良いわ。うちの乃梨子も、喜んでくれると思うし」

 

志摩子に太鼓判を押されてご満悦の祐巳

これで誰にロザリオをあげるかは決まったわけだけど

でもまだ決めなければいけない事がある

それは

 

「それで祐巳ちゃんは、どのロザリオを3人にあげるのかしら」

 

「え?」

 

「祐巳ちゃんが持つロザリオは、祐巳ちゃんがずっと仲良しで居たいって思う人から貰ったものじゃないと駄目でしょう?」

 

そうなのである

何も考えず、適当にほいほいあげる訳にはいかないのだ

そこは慎重に考えなければいけない

 

 

じゃあ、どのロザリオを自分の手元に残そう

蓉子から貰ったロザリオか

江利子から貰ったロザリオか

聖から貰ったロザリオか

志摩子から貰ったロザリオか

 

 

祐巳は悩んだ

本気で悩んだ

こんなに難しい選択は未だかつて経験した事は無かった

 

優しく自分を包んでくれる蓉子の事は好きだし

色々な事を教えてくれる江利子も好きだ

毎日会いに来てくれて、一緒に遊んでくれる聖もやっぱり好きで

憧れの人である志摩子は言うまでも無い

 

皆、同じくらい大好きなのだ

同じくらい大切な人たちで、同じくらいずっと仲良しで居たいと思う

この中から1人だけ選ぶなんて無理だ

でもせっかく貰ったロザリオと、それに込められた願いを諦めるのも勿体無いし

どうしよう

 

 

思考の堂々巡りに陥ってしまった

結論が出せずに困っている祐巳に、志摩子はそっと助言をする

 

 

「祐巳ちゃん、難しく考える事はないのよ。もっと簡単に考えて」

 

 

そう言って志摩子は、ふんわりと微笑んだ

見る者を魅了する、一撃必殺の笑顔だ

誰もが惹きつけられる天使の笑顔

そしてその裏に秘められた思惑には誰も気がつかない、悪魔の笑顔

それを間近で見ていた祐巳も例外では無く

 

「それで祐巳ちゃん、祐巳ちゃんがずっと仲良しで居たいって思う人は、誰?」

 

確認するように再びそう問い掛けた時には、祐巳は頬を朱に染めてすっかり志摩子に見入っていた

そして

 

「しまこさま・・・」

 

ほとんど無意識のうちに、祐巳は志摩子の名前を紡いでいた

陶然とした表情で志摩子を見つめたまま

 

 

満足の行く答えを導き出した志摩子は、祐巳をそっと抱き寄せて、囁きかける

 

 

「嬉しいわ、祐巳ちゃん。私達、ずっと仲良しでいられるのね」

 

 

腕の中で、祐巳はこくんと一度だけ頷いた

そして、志摩子が口の端を上げてにやりと笑った事には、気がつかなかった

 

 

 

 

そして翌日

祐巳は瞳子と、可南子と、乃梨子を順番に呼び出した

3人にロザリオを渡すためだ

 

ロザリオを渡した時の反応は三者三様だった

瞳子の場合は

 

 

「ゆ、ゆみさまがどうしてもというのなら、うけとってさしあげますわ」

 

 

と顔を真っ赤にしながらも素直じゃない反応を見せて

可南子の場合は

 

 

「いもうとになるつもりはありませんでしたが、ゆみさまがえらんでくださるのなら」

 

 

と顔を真っ赤にしながらも、やっぱり素直じゃない反応を見せて

そして乃梨子の場合は

 

 

「はい、おうけします」

 

 

と前の2人に比べて素直な反応を見せた

 

 

そんな乃梨子を見て、祐巳はほっと安堵の表情を浮かべた

乃梨子の反応が純粋に嬉しかったのだ

だって瞳子と可南子は、まるで『仕方ないから』と言わんばかりに受け取ったから

本当はあの2人だって飛び上がるくらい嬉しかったのだけど、祐巳は気づいていない

 

「よかった、わたし、きらわれてるのかとおもった」

 

祐巳がほっと胸を撫で下ろしながら言った

それを見ていた乃梨子が即座に口を開く

 

「そんなわけないじゃないですか。すくなくともわたしは、そんなことありません」

 

乃梨子は一旦そこで間を置くと、今度はじっと祐巳の目を見据える

 

「わたし、ずっとゆみさまのそばをくっついてはなれませんから」

 

「の、のりこちゃん・・・」

 

乃梨子の殺し文句に、すっかり感極まった様子の祐巳

がばっと乃梨子に抱きついて、耳元で囁いた

 

 

「ありがとう。わたし、うれしい」

 

 

ちゃっかり3人の中で一番祐巳に近いポジションを確保した乃梨子

頬を綻ばせる祐巳に見えないように、乃梨子はにやりと笑った

あの姉にしてこの妹あり

藤堂姉妹はやっぱり一癖も二癖もある姉妹だった

 

 

 

こうして祐巳に1人の『姉』と、3人の『妹』が出来たのだった

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