5月、マリア祭である

 

 

午前中はよその教会からいらした神父さまによる高等部全体のミサが行われ

午後は私たち山百合会主催の新入生歓迎式が行われる

ちなみに私、小笠原祥子はその歓迎式で新入生の為にオルガンを弾くことになっている

 

けど

 

正直言って私はそんな事はどうでも良いのだ

こんな事言ったら怒られそうだけど

でもお姉さまを始めとする薔薇さま方も私と似たようなものなのだ

心は新入生歓迎式に向けられていない

 

それは何故かって

だってマリア祭と言ったら・・・・・・

 

 

「あぁ、まだかなぁ」

 

 

隣で令がそわそわしている

その表情はとても嬉しそうだ

恐らく私もそんな表情を浮かべているに違いない

 

私は苦笑ながら視線を前へと向ける

目の前では天使の姿に扮した園児たちが列を作って歩いていた

 

天使たちは幼稚舎から中・高等部の方までパレードをする

学園内の全てのマリアさまをお訪ねする為に

私たち山百合会は総出で天使姿の祐巳たちがやって来るのを待っているのである

山百合会の皆にとって今日のメインイベントはミサでも歓迎式でも無く、このパレードだった

 

歌を口ずさみ花かごから花をまく

純真無垢な子供たち、まるで本物の天使のようだ

 

笑顔で歩く天使たちの列の中で膨れっ面の天使が2人

真美ちゃんと蔦子ちゃんだ

よく見てみるとそれぞれがいつも持っているメモ帳とカメラが無い

恐らく事前に先生に取り上げられてしまったに違いない

こんな絶好のイベントを前にして何も出来ないなんて

さぞかし無念で無念で仕方ない事だろう

 

 

無念と言えば

 

 

お父さまとお母さまも残念がっていた

天使姿の祐巳を見れないからと

でも私としてはこれで良かったと内心思っている

お父さまは祐巳の為なら平気で仕事を放り出してくるからだ

こんな事が続いて日本の経済が傾いてしまったらさすがにまずかった

 

 

 

間もなく一際大きな歓声が上がる

視線を向ければ他の園児たちより頭一つ分大きい子が目に入った

無表情の大天使、可南子ちゃんだ

その後ろに祐巳と由乃ちゃん、瞳子ちゃん、乃梨子ちゃんが続いていた

 

花が咲いたような笑顔で歩く祐巳

その周りを囲む由乃ちゃん達も楽しそうだ

普段は園児らしからぬ狡猾さを見せる子たちだけれど

でもこういう時はさすがに子供だと思わずにいられない

 

「よく似合ってるわ。さすが祐巳ちゃんね」

 

お姉さまが目を細める

 

「祐巳ちゃんだったら何を着ても似合うよ。あぁ、それにしても可愛い。お持ち帰りしたい」

 

白薔薇さまがさり気なく不穏当な事を言う

 

「今度はメイド服とか着せてみたいわね」

 

黄薔薇さまがさり気なくもっと不穏当な事を言う

 

「私、今度メイド服作ってこようかなぁ・・・」

 

令が真顔でさらに不穏当な事を言う

 

「犬耳とかも似合いそうですわね」

 

志摩子が微笑みながら今まで以上に不穏当な事を言う

 

「・・・・・・・・・」

 

 

・・・ちょっと貴方たち、いい加減になさい

 

 

その言葉が喉まで出掛かったけど出なかった

祐巳のメイド服(+犬耳)

私も見たい

今度祐巳にお願いして家で着てもらおう

 

 

「おねえさま!!」

 

 

1人楽しい妄想に耽っていた私を現実に引き戻す元気な声

顔を上げれば祐巳と由乃ちゃんがぶんぶんと手を振っていた

 

 

「ふふ、祐巳ったら・・・」

 

 

無邪気な彼女たちが微笑ましくて私も手を振る

何だか祐巳の周りだけ華やいでいるような

その光景はまるで一枚の祝福された絵のようだ

 

「何だか祐巳も由乃ちゃんも本物の天使みたいね・・・・・・って、令?」

 

祐巳たちが手を振ってくれているのに先ほどからその場で微動だにしていない令

訝しげに見てみると

 

 

令は鼻血を流しながらその場で立ち尽くしていた

 

 

ふらり

 

 

「ちょ、ちょっと、令!?しっかりなさい!」

 

 

どうやら祐巳と由乃ちゃんの可愛らしさにすっかりやられてしまったらしい

令はその場で力尽きるように倒れこんでしまった

それも幸せそうな表情を一杯に浮かべながら

 

「れ、れいちゃん!?」

 

「れいさま!」

 

ばたばたと祐巳たちが駆け寄ってくる

天使たちに囲まれながら令は言葉を振り絞る

 

「あぁもう、私、死んでもいい・・・」

 

「ちょっと令、冗談に聞こえないわよ」

 

「もう、しっかりしなさいよ。だらしないわね」

 

「よ、由乃ちゃん、強く叩きすぎよ」

 

「あら、令さまが天に召されようとしているわ」

 

「志摩子、さり気なく恐ろしい事言うんじゃないの」

 

「マリアさま、れいさまがあなたのもとにまいります。アーメン」

 

「祐巳も令を勝手に殺さないで頂戴」

 

「なむあみだぶつ」

 

「乃梨子ちゃん、ここリリアン」

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

結局

この後令は出血多量で貧血を起こしてしまった

午後の新入生歓迎式は気合で何とか乗り切ったみたいだけど

しかし終始真っ青な顔をしていてその上鼻にティッシュまで詰めていて

もう威厳も何もあったものではなかった

 

 

 

そして数日後

やっぱりと言うか何と言うか、この事件はリリアンかわら版にて報道された

かわら版には記事を裏付ける写真も一緒に掲載されていた

 

由乃ちゃんが横になっている令を引っ張りあげようとしていて、祐巳がその上から花をまいているその写真

題名は

 

 

 

『フランダースの犬』

 

 

 

「・・・・・・・・・」

 

 

 

あまりにもはまりすぎていたものだから、私たちも言葉が無かった

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