「・・・祐巳?それ、何かしら」

 

私は祐巳が右手にぶら下げている紙袋を見るなり、唖然とした

ただの紙袋ならこんなに驚きはしない

何に驚いたかというと、紙袋一杯に詰まっている手紙に驚いたのだ

 

「けさ、げたばこをあけたらはいってたの」

 

はい、と祐巳は手紙一杯の紙袋を持ち上げる

私はその中から一つ取り出して、まじまじと見つめた

ハートのシールが貼ってある、それはそれはとても可愛らしい封筒だった

 

(・・・これってもしかして)

 

丁寧に便箋を取り出して、書かれている文章を目で追う

そこには祐巳への想いが、紙面一杯に書き綴られていた

俗に言う、ラブレターというやつである

 

 

 

 

一生懸命にお返事を書いている祐巳を、私は複雑な心境で見つめる

机の横には山のように積まれたラブレター

ちゃんと一通一通全部読んで、しかもお返事を出すという

一日では終わらないであろう膨大な量だが、祐巳はそれでも健気に返事を書き続けた

 

何故、今更ラブレターなんてものが祐巳に送られるようになったのか

 

祐巳に憧れを持っている子は、たくさんいる

お近づきになりたい、自分の気持ちを伝えたいという子は多かったけれど

しかしいつも祐巳の周りにいる4人が上手い具合に壁を張っているものだから、それは難しい話だった

 

だがある日、誰かが気がついたのだ

手紙に自分の気持ちを綴って、下駄箱にそっと入れておけば良いのではないかと

最初の頃はほんの数通であったけど

しかしいつの間にか噂は噂を呼んで、皆がその手段を取るようになってしまった

祐巳の周囲の人間は面白くなかったけど、祐巳自身が喜んでいるものだから何も言えない

 

日に日に増えていくラブレターを横目で見ながら、私は思う

 

(・・・祐巳はラブレターの意味が判ってるのかしら?

 

くれると言うなら喜んで受け取る祐巳は、多分、判っていなかった

 

 

 

最初はきちんとお返事を書いていた祐巳だけれど

しかし右肩上がりに増えて行くラブレターの量に、さすがに対応できなくなってきた

最近では、作業が深夜に及ぶ事もざらだ

無理をしてまでお返事を書き続ける祐巳を見ていると、さすがに心配になってくる

 

「祐巳、全部お返事を書くのはさすがに無理よ」

 

私がそう言うと、祐巳はちょっと困ったような表情を浮かべる

 

「でも、せっかくくれたのに・・・」

 

「祐巳にお手紙を書いた子は、祐巳が受け取って読んでくれただけでも嬉しいはずよ」

 

「そうかなぁ」

 

「そうよ。それに祐巳が無理しすぎて倒れでもしたら、きっと皆悲しむわ」

 

「・・・うん」

 

私がそう言うと、祐巳はどうやら判ってくれたらしい

その日以来、無理をしてお返事の手紙を書くことは無くなった

 

 

それから数週間

返事を書かなくなって、さすがにラブレターの量は以前と比べて少なくなった

それでも相変わらず、結構な量の手紙を祐巳は持ち帰ってきていたけど

 

「祐巳、入るわよ」

 

私が部屋に入ると、祐巳が机にむかってう〜んと唸っていた

どうやら手紙を書いているらしい、机の上には真っ白な便箋と、薔薇の絵が描かれたシンプルな封筒が置いてある

 

祐巳は私の姿を確認するなり、慌てて書きかけ途中の手紙を両手で隠す

そんな祐巳の態度を不思議に思いながら、私は訊ねた

 

「祐巳?何を書いているの」

 

「え、うん・・・ちょっと」

 

視線を逸らして言葉を濁す祐巳

よく見れば、くしゃくしゃに丸められた紙があちらこちらに散乱している

ここのところお返事の手紙を書いていない祐巳だったけど

しかしどうやら、まだ完全にお返事を書くのを止めた訳ではないらしい

 

「お手紙のお返事?でも、あんまり無理をしては駄目よ」

 

「う、うん」

 

無理をしない範囲なら、祐巳の自由にやらせてあげても良いかもしれない

そう思って、私は深く追求するのは止めておいた

祐巳はそんな私を見て、少しほっとしたような、安堵の表情を浮かべていたようだった

 

 

 

 

翌日の放課後

昇降口でげた箱を開けると、私の革靴の上に可愛らしい手紙が置いてあった

私はそれを見て、つい溜め息を漏らす

 

「・・・私はこういうのを一切受け取らないって、知らないのかしら」

 

訝しげに手紙を取り出す

そのまま捨ててしまおうと思ったけど、つい私はその封筒に釘付けになった

 

「・・・この封筒、どこかで」

 

真っ白な下地に紅い薔薇が一輪描かれている、シンプルな封筒だ

この封筒を、私は見た事があった

 

 

どこで?

 

 

昨日の、祐巳の部屋でだ

 

 

私は丁寧にシールをはがして、中から便箋を取り出した

そして折りたたまれた真っ白な便箋を広げて、綴られている文字をゆっくりと目で追う

拙いけれど、でもちゃんと気持ちが伝わってくる、そんな温かみのある文章だった

 

「・・・全く、仕方の無い子ね」

 

読み終えて私はそう軽く笑うと、手紙をそっと鞄の中に仕舞う

この手紙は、ずっと大事に取って置こうと思った

だってこれは、私が初めて貰った、祐巳からのラブレターだから

 

 

 

 

「祥子?何書いてるの」

 

会議室で手紙を書いている私に、令が興味深そうな目で訊ねてきた

 

「・・・手紙のお返事よ」

 

「祥子が!?それは珍しい。それで、誰に」

 

私はティーカップを口に運ぶと、ゆっくりと視線を外へと向ける

窓からはのんびりと流れて行く雲と、最愛の妹が待っているであろう幼稚舎が見えた

 

 

「私の、世界で一番大事な人に」

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