「祐巳、そろそろお茶の時間にしましょうか」

 

春だというのに、涼しい一日である

朝から小雨が降り、肌寒くも感じられる

こういう時は、一杯の紅茶が恋しくなってくるのだ

祐巳と一緒ならば、尚更である

 

「おねえさま」

 

「どうかして?祐巳」

 

「わたしが、こうちゃいれる」

 

「え?祐巳が?」

 

「うん。おしえてもらったの」

 

私は驚いたけれど、でも、すぐに嬉しさがこみ上げてきた

祐巳も日々、周りから色んなものを吸収して、成長しているのだ

祐巳の成長を一番近いところで見ていられる幸せ

祐巳と一緒に時間を共有できる事の幸せ

色んな幸せが胸の中で溢れ出て、私を満たした

 

 

 

「おまたせしました、おねえさま」

 

祐巳が慣れない手つきで、私の前に紅茶を持ってくる

 

「ふふ、ありがとう祐巳・・・・・・ん?」

 

目の前に置かれた紅茶に、つい私は釘付けになる

紅茶の表面には、オレンジ色の液体みたいものが浮かんでいた

ブランデーでも入っているのかと思ったけれど、どうやらそれは無さそうである

 

「ねぇ祐巳、これって・・・」

 

私は祐巳に何を入れたのか訊ねようと振り返ったけど

でも祐巳は、早く私に紅茶の感想を言ってもらいたいらしい

目を輝かせて、私が紅茶を飲むのをじっと待っていた

 

そんな祐巳が可愛くて、つい頬が緩んでしまう

そうだ

例えどんなに変な味でも、私は笑顔で美味しいと言ってあげるのだ

それに、祐巳の淹れてくれた紅茶なら、どんなものでも美味しいと言う自信がある

 

「じゃあ頂くわね、祐巳」

 

そう言って私はカップに口付ける

そして

 

 

ブフッ!

 

 

勢い良く吐き出した

 

 

「うっ、げほっ、げほっ・・・・・・ゆ、祐巳、これって一体

 

私がむせ返りながら祐巳に向き直る

祐巳はショックだったらしい、泣きそうな顔をしていた

目のダムはもう決壊寸前だ

 

私は慌てて平常心を装って、祐巳に優しく訊ねる

 

「祐巳、この紅茶に、何か入れたのかしら?」

 

祐巳は幾分か落ち着いた様子で、私の質問に答える

 

「らーゆ」

 

「・・・え?」

 

ラー油?

ラー油って、あの、餃子につけるあのラー油のことだろうか

 

「ど、どうしてラー油なんか」

 

「だって、らーゆをいれればからだがあたたまるって」

 

「・・・祐巳、誰に紅茶の淹れ方を教えてもらったのかしら?」

 

「えりこさま」

 

「・・・・・・・・・」

 

「おねえさまが、ぜったいよろこぶからって」

 

謀られた

黄薔薇さまめ、祐巳にそんな事を教えるなんて

素直な祐巳の事だから、きっと何の疑問を持つことも無く信じてしまったのだろう

 

「・・・・・・いい?祐巳、紅茶にラー油は」

 

「おねえさま、こうちゃ、おいしくなかったの・・・?」

 

また祐巳が泣きそうになってきた

どうしよう

ここは祐巳に、真実を教えてあげるべきだ

しかし祐巳からすれば、これは100%の善意でやった事である

私の喜ぶ姿が見れると思ってやった事なのである

ショックを受けるのは、目に見えていた

 

本当のことを教えてあげたい

けど祐巳の泣き顔は見たくない

悩みに悩んだ末、私が出した結論は

 

 

「・・・祐巳、この紅茶、とても美味しいわ」

 

「ほんとうに!?」

 

「ええ、本当よ」

 

 

そう言って私はにこりと笑う

祐巳は本当に嬉しそうだ

ラー油入りの紅茶は正直かなり辛いけれど

この笑顔が見れたのだから、まぁ良しとしよう

 

何とか飲み終えて、やっと一息つく

本来はゆったりとした時間を楽しむはずなのに、修羅場を楽しんでしまった

 

妙な達成感を味わっていたら、すぐさま祐巳は空になったカップに紅茶とラー油を注いで

 

 

「じゃあおねえさま、おかわりをどうぞ」

 

 

「・・・・・・・・・」

 

 

その後何杯もラー油入り紅茶を飲まされて、私はしばらく口の痺れが取れなかった

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