「祐巳?入るわよ」


コンコン、とドアをノックして、私は祐巳の部屋に足を踏み入れる

片手には、教科書とノート

祐巳の部屋で宿題をしようと思って、ここにやって来たのだ

集中できるかという点においては、およそこの部屋は勉強には不向きではあるけど

でも私は、1分1秒でも多く祐巳と時間を共有したかった

 

 

私が部屋に入って最初に見たものは、机に向かって鉛筆を走らせている祐巳の姿だった


「あら、祐巳もお勉強?」


「ううん、ちがうんだけど・・・」


「じゃあ、何を・・・」


私は祐巳の後ろから机の上に広がるノートを覗き込む

紙面には、日付と今日の出来事が書かれていた


「祐巳、日記をつけていたの?」


「うん」


「ちょっと見せてもらって良いかしら?」


「はい」


そう言って祐巳から日記を受け取って、ぱらぱらとページをめくる


「あら、結構前から書いていたのね・・・・・・ん?」


何だか違和感を感じた

日記なのは間違いないのだけれど

でもよく見ると、1日置きに書かれている文字が違うのだ

 

不思議に思って日記の表紙を見てみると


「・・・何よこれ」


日記を持つ手がつい震えてしまう

日記の表紙には、こう書かれていた

 

 

『よしのとゆみのれんあいにっし』

 

 

「・・・祐巳?これは、何かしら」


「にっき」


「由乃ちゃんの名前もあるんだけど」


「こうかんにっきなの」


「こ、交換日記?」


「うん」


「何で交換日記なんて」


「よしのさんがやろうっていうから」


「そ、そう・・・」


私は2人が書いた記録に目を通す

一体、この2人は何を書いているのだろうか

 

 

『○がつ□にち はれ

けさ、おねえさまがかいだんからおちた。

おねえさま、だいじょうぶ?ときいたら、

だいじょうぶよ、ゆみ。でも、キスしてくれたらもっとだいじょうぶよ。

といったので、ほっぺにキスをしてあげた。

おねえさまはよろこんでくれた。よかった。』

 

 

・・・・・・・・・

 

 

これは、恐らく祐巳の書いた記録だ

そういえば確かにこの日の朝、私は階段から落ちた

寝起きの悪い私は、つい足を滑らせてしまったのだ

そしてその後、祐巳にキスしてもらったことも覚えている

あの時は嬉しかったけど、こうして記録に残されていると、かなり恥ずかしい

しかもこれが由乃ちゃんに見られていると思うと、一気に顔が紅潮してくのを感じた

 

そして一体由乃ちゃんはどんな事を書いているのだろうと思って見てみると

 

 

『○がつ△にち はれ

きょうは、ゆみさんといっしょにおべんとうをたべた。

ゆみさんがわたしのたまごやきをみていたので、

あげるといったら、ゆみさんはとてもよろこんでくれた。

わたしはそのかわりに、ゆみさんからミートボールを

あーんしてたべさせてもらった。しあわせないちにちだった。

 

かいだんからおちるなんて、さちこさまはまぬけだ。

でもゆみさんにキスしてもらったのはゆるせない。』

 

 

・・・・・・・・・

 

 

何だろうか、この内容は

「恋愛日誌」と銘打っているのだから、こういう事が書かれていて当然なんだろうけど

でも祐巳にあーんして食べさせてもらったというのは聞き捨てならない

私でさえやってもらった事が無いと言うのに


いや、それよりも、この最後の文章だ

これでは私の私生活が筒抜けではないか

もうプライバシーもへったくれもない

それにしても由乃ちゃんは、見かけによらず悪意に満ちた文章を書いてくる

 

「・・・祐巳」


「なに?おねえさま」


「今度から、私にもこの日記を見せてくれるかしら」


「どうして?」


「祐巳がどういう1日を過ごしているか、知りたいのよ」


「うん、わかった」


案外あっさり祐巳は了承してくれた

もちろん、祐巳の1日が知りたいなんていうのは方便でしかない

そんな事をしなくても、私は祐巳の1日を知り尽くしている

私が知りたいのはそういう事ではなく、由乃ちゃんの書いてくる記録の事だ

これは毎回チェックする必要がありそうだった

 

 

2日後

私ははやる気持ちを押さえて、祐巳から日記を受け取る

今日は一体、どんな事が書かれているのだろうか

 

 

『○がつ◎にち くもり

きょうはよしのさんがおかしをもってきてくれた。

おねえさまをまっているじかんにたべようとしたら、

ちょうどとうこちゃんたちがやってきたので、いっしょにたべた。

みんなとおはなししながらおかしをたべるのは、とてもたのしかった。』

 

 

『○がつ☆にち はれ

きのうのあさ、れいちゃんがおかしをもたせてくれたので、

ゆみさんと2りでたべようとしたら、ドリルたちがきてしまった。

まいかい、ドリルたちはわたしたちのじゃまをしてくる。

ゆみさんはたのしそうだったけど、わたしはおこっていた。

わたしはゆみさまのいもうとですから、とうぜんですわ。

とかドリルがいっていた。むかついた。

ロザリオもらったくらいでちょうしにのってるんじゃないわよ。

わたしはゆみさんのリボンをもらったのよ。あいじょうがちがうのよ。

そろそろあの3にんにも、それをおしえてやらなければいけない。』

 

 

・・・そういえば、昨日の放課後は、どことなく不穏な空気が流れていた

祐巳は1人はしゃいでいたけど、他の4人がお互い目でけん制していたのは、そういう事だったのか


「全く、相変わらずね、あの4人は・・・・・・あら?」


由乃ちゃんの書いた次のページに、記録が書かれている

文字は祐巳のものでもなく、由乃ちゃんのものでもない

園児のものとは思えない、流暢な文字だった


おかしい

この日記は、祐巳と由乃ちゃんの2人しか書いていないはずだ

この2人以外に、誰かが書いたのだろうか

そう思ってよく読んでみると

 

 

『○月☆日 晴れ

一昨日、学校から帰ってからお菓子を作ったので、昨日の朝に由乃に持たせた。

由乃の事だから、きっと祐巳ちゃんと一緒に食べるはずだ。

そう思って、今回は祐巳ちゃん好みの、甘いお菓子にした。

祐巳ちゃんの喜ぶ顔を想像するだけで、私も顔が綻んでくる。

今度会うのが楽しみだ。』

 

 

「・・・・・・令?」


よく見てみると、この文字には見覚えがある

内容と合わせて考えれば、これを書いたのは恐らく令だ


「令、あなた一体何をやっているの・・・」


ふぅ、とこめかみに手を当てて、私は呟く

ミスター・リリアンと呼ばれる令が、こんな日記を書いているなんて

ファンが見たら、何て思うのだろうか

 

と、そんな事を思っていたら

さらに数日後、帰ってきた日記に

 

 

『○月◇日 晴れ

今日も昼休みに、祐巳ちゃんに会いに行ってきた。

相変わらず祐巳ちゃんの抱き心地は最高だ。

ぷっくりふわふわしていて、つい頬擦りしてしまう。

祐巳ちゃん、私のペットにならない?

と聞いたら祐巳ちゃんは、うん、なる!と元気良く返事してくれた。

恐らく意味がわかっていないんだろうけど、

そこがまた可愛くて、つい頬にキスをしてしまった。

唇にキスを出来る日は、いつやって来るのだろうか。

祐巳ちゃんと結婚できる日まで、あと10年と◇日。』

 

「・・・・・・白薔薇さま?」

 

『○月▽日 曇り

今日は久しぶりに、祐巳ちゃんと会った。

相変わらず、祐巳ちゃんは可愛い。

他愛の無い事しか話さなかったけど、

祐巳ちゃんとだったらどんな話でも楽しく感じられるから不思議だ。

別れ際に、今度一緒にお出かけする約束を取り付けた。

確実に、私と祐巳ちゃんの距離は縮まっている。


P.S. 聖、調子に乗ってるんじゃないわよ』

 

「・・・これは、お姉さまかしら」

 

『○月●日 雨

今日は朝から雨が降っていて、気分は最悪だった。

憂鬱な気分で外を歩いていたら、

祐巳ちゃんが雨の中、傘をさしながらはしゃいでいる姿を見つけた。

どうやら祐巳ちゃんは長靴がお気に入りらしい。

水溜りに何度もジャンプしては、思いっきり水しぶきをあげていた。

相変わらず見ていて飽きない子だ。

この子と一緒にいれば、退屈する事なんてきっと無いのだろう。


P.S. 聖、今度は病院通り越して天国に送ってあげるわ』

 

「・・・黄薔薇さまね」

 

『○月◆日 晴れ

私と祐巳ちゃんの邪魔をする者は、問答無用で闇に葬ります。』

 

「・・・志摩子」

 

 

ぱたん

 

 

私は天を仰ぎながら、日記を閉じる

もはやこれはただの交換日記ではない

ただのノロケ日記だった

志摩子のはちょっと違っていたけど

 

 

ふと横に目をやると、祐巳はいつの間にやらベッドで眠ってしまっていた

私は苦笑して布団を直してあげてから、机の上で日記を広げる

 

 

『あなたたち、いい加減になさい』

 

 

さらさらと日記にそう一言付け加えて、私も祐巳と同じベッドに入った

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