「では行ってくるわ。祐巳、良い子にしているのよ」

 

「はい、おねえさま。いってらっしゃい」

 

祥子は重々しくため息を吐いて、玄関の扉を開ける

春が通り過ぎて、暖かい空気が辺りを包み込む4月下旬

降り注ぐ日差しに目を細めながら、祥子は1人呟く


「せっかくの日曜日なのに、仕事なんて・・・ついてないわ」


がっくり肩を落として、祥子は車に乗り込んだ

 

毎週日曜日は、祐巳と一緒に過ごすのだけど

ここのところ忙しく、祐巳との時間がなかなか取れない

今週も日曜日に仕事が入ってしまって、祐巳と一緒に出かける予定が駄目になってしまっていた


祥子は暗い気分を紛らわすように、車の中から外へと目をやる

祥子の心情とは裏腹に、憎たらしいほどに明るい風景が、祥子の目の前を通り過ぎていった

 

 

 

祥子が家を出てから数十分後

祐巳は部屋で1人、絵本を読んでいた

けれどそれもすぐに飽きて、絵本をベッドの上に放り投げると、自身もごろんと寝転がる


「・・・・・・ひま。とうこちゃん、きょうはこないのかなぁ」


よいしょ、とベッドから起き上がると、何かないかと部屋の中を歩き回る

この家に養子にやって来て与えられた広い部屋

祐巳が小笠原家に迎え入れられてもう数ヶ月経つ

最初は戸惑ったけど、最近ようやくこの環境にも慣れてきた


基本的に祥子とは別の部屋だけど、2人は一緒にいる事が多かった

よく祐巳の部屋で祥子は山百合会の仕事をするし

夜になれば、一緒に寝たりもする

もはや祐巳と祥子の2人部屋と言っても良かった


「あれ?」


ふと視線を机の上にやると、見慣れない書類が山積みされている

恐る恐る覗き込んでみると、難しい漢字や数字が紙面一杯に広がっていた


「・・・これ、なんだろう」


書類の内容は、祐巳にはちんぷんかんぷんだ

だけど昨日、祥子がこの書類に目を通していたのを祐巳は覚えていた

このような難しい書類は、祥子が次の日には必ず学校に持って行くという事も、祐巳は覚えている


「おねえさま、わすれちゃったのかな・・・・・・そうだ!」


何か面白い事を思いついたらしい

祐巳は顔を輝かせると、いそいそと制服に着替え始めた

 

「おかあさま!」

 

どたばたと賑やかに駆け込んできた祐巳を、清子は笑顔で優しく迎える


「あら祐巳ちゃん、制服なんて着てどうしたの。今日は日曜日よ」


「わたし、がっこうにいってくる」


「え?」


「おねえさまに、わすれものをとどけにいくの」


「祐巳ちゃんが?」


「うん!」


祐巳が思いついたこと

それは、祥子が忘れていった書類を学校まで届けるという事だった

祐巳は、先日テレビで見た『初めてのおつかい』という番組を思い出したのだ

だから自分も、と思い立ったわけである


「ゆ、祐巳ちゃん。何も、祐巳ちゃんが行かなくてもいいじゃない。使いの者に行かせれば」


「わたしがいくの」


「じゃあ、誰か一緒に」


「わたしひとりでいくの!」


清子は眩暈を感じた

最近ようやく祐巳のことが判ってきたけど、祐巳はどこか頑固なところがある

一度こうなったら、祐巳はもう譲らなかった


「でも、1人じゃ危ないわ」


「だいじょうぶ」


「でも・・・」


さすがにこればかりはそう簡単にOKは出せない

清子は祐巳をいたく可愛がっている

もし万が一、祐巳に何かあったらと思うと、清子は気が気ではなかった


結局、1人で行くと主張する祐巳を説き伏せて、行きは車で行くという事で妥協してもらった

最初、祐巳は電車とバスと使って1人で行こうとしていたが、そんなのとんでもない

祐巳はちょっとご不満といった感じだったけど、清子にはそれでもまだ不安で仕方が無いのだ

祐巳ちゃんが無事に帰ってきますように

清子はそう祈らずにはいられなかった

 

「じゃあ、いってきます!」

 

そんな清子の気持ちなど露知らず

祐巳は元気良く家を飛び出して行った

 

 

 

「・・・無いわ」


祥子は鞄の中を、もう一度隈なく探す

けれど目的の物は、何度探しても出てこなかった


「何、どうしたのよ祥子」


「書類を、忘れてしまったみたいなの」


「へぇ、祥子にしては珍しい」


全くであった

こんな簡単なミスをするなんて

週末を祐巳と過ごせなかったという事で、祥子にはストレスが溜まりまくっている

でもまさか、それがこんな形で出てくるとは


「祥子、何かあったの?ここのところ、変だよ」


「別に・・・ちょっと疲れているだけよ」


祥子はまだ、皆に祐巳を紹介していない

というか、紹介する気がない

多分、皆一目で祐巳を気に入ってしまうだろうから

色々と面倒な事になりそうなのは目に見えていた


「令、ちょっと家に電話してくるわね」


「急ぎなよ。会議始まっちゃうから」


こんな自分を情けなく思いつつ、祥子は会議室を後にする

 

 

 

「お嬢様、到着しました」


運転手にドアを開けてもらって、祐巳はぴょこんと外に降り立つ

それに合わせて、トレードマークのツインテールも元気に跳ねる

目の前の校門と、その後に続く銀杏並木に視線を向けて、祐巳は目を輝かせた


「それでは、私はもう帰りますが・・・本当によろしいのですか」


「うん。かえりは、おねえさまといっしょにかえるから」


「はあ・・・ではお気をつけて、お嬢様」


渋々、と言った表情で運転手は車に乗り込む

もちろん、このまま帰るわけにはいかない

校内に入る事はできないが、目の届く範囲で車の中から祐巳を見張るつもりだった

 

ずっと続く銀杏並木

日曜日ということもあって、人影もほとんどない

祐巳は思わず走り出したい衝動に駆られたが、そこはリリアンに通うお嬢様

淑女らしく、ゆっくりと歩いていく


やがて銀杏並木を通り抜けて、マリアさまの前まで来ると、祐巳はお祈りをした

ぱんぱん、と手を叩いてお祈りをするのは間違っているのだが、祐巳は気付かない

だがしかし、マリアさまのお心は広いのだ

祐巳の狼藉も許してくれるはずだった

 

「はぁ〜」


とその時、深くため息を吐きながら校門をくぐる生徒1名

広いおでことヘアバンドが特徴的な、黄薔薇さまだった

気だるげな雰囲気を隠しもせず、目には活気が感じられない


「暇よね・・・何か面白い事は無いかしら・・・・・・ん?」


ふと視線をずっと前方に向けると、珍しい光景を目にする

人影の全く無い学園内

マリアさまの前でお祈りをしているのは、幼稚舎の制服を着た小さな女の子

江利子は何か面白そうな予感を察知すると、早足で祐巳に近づいていった

 

「ごきげんよう」

 

江利子が声をかけると、祐巳はびくっとして弾かれたように振り替える

顔にはあからさまに動揺が浮かんでいて、わかりやすい

面白い子だわ、と江利子は思わず笑みをこぼしてしまった


「ここに何か用かしら、可愛いお客さん」


江利子が優しく訊ねると、祐巳はようやく緊張を解く


「おねえさまに、わすれものをとどけにきました」


「あら、えらいわね」


よしよし、と江利子は頭を撫でてやる

褒められてご満悦の祐巳

頬を緩めて、満面の笑顔を浮かべた


「あなたのお名前は?」


「ゆみ」


「祐巳ちゃん、あなたのお姉さまは、どこにいるのかしら?部活は」


祐巳の姉は部活動に所属していて、今日忘れ物をしてしまった

江利子はそう判断した

まさか身内の山百合会に祐巳の姉がいるとは、思いもしない


「ぶかつ?え〜と・・・」


途端に困った表情を浮かべる祐巳

姉が生徒会に所属しているのは、もちろん知っている

けれど、山百合会という単語が、なかなか思い出せなかった


江利子はそんな祐巳の様子が可笑しくて、つい吹き出してしまう


「祐巳ちゃん、あなたのお姉さまは、何かスポーツとかやっているのかしら」


「ううん」


「じゃあ、文化系の部活かしら・・・・・・祐巳ちゃん、今日は何を届けに来たの?」


「かみ」


「・・・紙?」


「うん、かみ。たくさん」


断片的な祐巳のヒントに、江利子は頭を悩ませる

紙をたくさん使う部活

美術部とか、そこら辺だろうか


「祐巳ちゃん、私も一緒に探してあげるわ」


「ほんとうに?」


「ええ」


このまま薔薇の館に行ってもどうせ退屈だろうし

こうして祐巳に付き合ってあげたほうが、何倍も楽しそうだ

江利子は祐巳と手を繋ぐと、校舎へ向かって歩き出した


「私は、鳥居江利子って言うの」


「えりこさま?」


「ええ。それで、祐巳ちゃんのお姉さまって、どんな方かしら」


「えっと、びじんで、あたまがよくて、やさしくて、いつもほほえんでくれて・・・」


嬉しそうに姉について語る祐巳

よほど姉の事が好きなのだろうと江利子は思った

でもそれが祥子の事だとは、もちろん思わない

美人だし頭も良いけど、ヒステリックで近寄りがたい雰囲気を漂わせている祥子

江利子の中の祥子は、祐巳の言う祥子とはだいぶかけ離れていたのだった

 

 

 

「お母さま?今、何て」


『だから、祐巳ちゃんが届けに行ったのよ』


「ど、どうして祐巳に行かせたんですか!」


『だって、祐巳ちゃんがどうしてもって譲らないから・・・』


「そ、それで祐巳は」


『家を出て結構経つから、もう学校に着いていると思うわ』


「・・・はい、わかりました。今から探してみます」


がちゃん、と受話器を置いて、祥子は駆け出した

まさか祐巳が届けに来るとは

万が一、祐巳に何かあったらどうしよう

もし誘拐でもされてしまったら

よからぬ事態がどんどん頭に浮かんできて、祥子は自分の迂闊さを呪った

そもそも自分が書類を忘れなければ、こんな事にはならなかったのだ


「祐巳、無事でいて・・・」


祈るように呟いて、祥子は速度を速めた

 

 

 

「ここにも居ない・・・」


教室の扉を閉めて、江利子が呟く

もうほとんど、今日活動している部活は回った

けれど、祐巳の探している姉は、どこにも見当たらない


「どこにいるのかしら・・・見落としてしまったとか」


あれこれと考えを巡らせる江利子

その隣で、祐巳は不安そうに俯いていた


「祐巳ちゃん、大丈夫よ。絶対見つかるから」


「でも・・・」


「まだ、クラブハウスには行ってないから。そこに行けば、お姉さまがいるかもしれないわ」


「うん」


「じゃあ、早速行きましょう・・・・・・と、その前に」


「?」


「ちょっとお手洗いに行ってくるわね。祐巳ちゃん、待っていてくれる?」


「うん」


「じゃあ、そこで待っていてね」


江利子がトイレに入っていって、祐巳は1人取り残される

校内に響くのは、遠くから聞こえるボールの跳ねる音と、部活に勤しむ生徒達の声

人気の無い校内を包む静寂に、静かに吸い込まれていった

 

話し相手が居なくなって、祐巳はぼんやりと窓から外を眺める


「・・・あ」


茂みの中で何かが動いた

祐巳は目を凝らして、もう一度注意深く見てみる

すると


「ねこさんだ」


茂みの中から出てきたのは、1匹の猫

あちらも祐巳の視線に気付いたのか、首だけ曲げて振り返った

にゃあ、と猫が鳴き声をあげると、何だか嬉しくて祐巳もにゃあ、と返した


祐巳はもっと近くに行って見てみたい、という衝動に駆られる

江利子の言葉は、もうすっかり忘れてしまっていた

嬉しそうに小走りで駆け出すと、猫の居る所へと向かった

 

「あれ、ねこさん・・・」

 

祐巳が先ほど猫を見かけた場所に着いた頃には、もう猫は居なくなっていた

祐巳はきょろきょろ辺りを見回して、猫を探しに歩き出す


「ねこさん、ねこさん」


そう呼びながらあちこち歩き回る

けれど猫は一向に見つからず

それどころか、気が付いたら相当奥まで来てしまったらしい

辺りは見慣れない風景が広がっていた


「・・・ねこさん、どこにいったの」


急に心細くなって、祐巳は不安に襲われる

不安が涙の形をとって、祐巳の目から溢れ出してきた


「う・・・ねこさん・・・おねえさま・・・どこにいったの」


祐巳がその場で立ち尽くして、ぐずっていたその時

ちょうど近くを、1人の生徒が通りかかる


「・・・あら?」


紅薔薇さまこと、水野蓉子だった

蓉子は驚く

幼稚舎の制服を着た女の子が、日曜日にこんな人気の無い所で泣いているのだ

蓉子は何だか心配になって、泣いている祐巳に後ろから優しく声をかけた


「どうしたの?」


祐巳は涙を目に浮かべながら、ゆっくり振り返った

と、その瞬間、蓉子は体に稲妻が駆け抜けたような衝撃に襲われる

まるで心臓を拳銃で撃ち抜かれたような

そんな表現が当てはまるほど、ほとんど一目ぼれに近かった


「ど、どうしたの?迷子になってしまったのかしら」


何とか平常心を装って、祐巳に訊ねる

祐巳は顔に安堵感を浮かべるが、涙はそう簡単には止まらない

何か言おうとしたけど、言葉にならなかった


「ほら、泣かないで」


蓉子はそっとハンカチを差し出して、あやすように祐巳の背中をぽんぽん叩き始めた

次第に泣き声が収まってくると、蓉子は祐巳から体を離す


「お名前は?」


「・・・ゆみ」


「祐巳ちゃん、こんなところで、どうしたの?」


「わたし、おねえさまにあいにきて、ねこさんをさがしていて、それで・・・」


「・・・・・・・・・」


意味がわからない

泣き止んだけど、祐巳はまだ落ち着いていない様子だった

蓉子は祐巳の手を握って、そっと立ち上がる


「ここじゃ、ちょっと落ち着かないわね。ジュースでも飲みましょうか」


蓉子は祐巳と手を繋いで、ミルクホールへと歩き出した

 

その頃祥子は

 

「祐巳、どこにいるの・・・」

 

まだ祐巳を探していた

 

 

 

「祐巳ちゃん、何がいい?」


「おしるこ」


「・・・お、お汁粉はちょっと無いわね」


「じゃあ、いちごぎゅうにゅう」


「苺牛乳ね・・・私も、それにしようかしら」


2人はテーブルに座ると、買ってきた飲み物を一口飲む

ようやく一息つくと、蓉子は祐巳に訊ねた


「祐巳ちゃん、今日はどうしてここに来たの?」


「おねえさまに、わすれものをとどけにきたの」


「あら、偉いわね」


「へへへ」


「それに比べて、あなたのお姉さまはうっかり者ね」


自分の妹をうっかり者呼ばわりする蓉子

当然、そんな事には気付いていない


「じゃあ、お姉さまを探していて、それで迷子になってしまったのね」


「・・・うん」


ちょっと恥ずかしそうに祐巳は言った

そんな祐巳を可愛いと思いつつ、蓉子は質問を続ける


「あなたのお姉さまは、どこにいらっしゃるのかしら」


「う〜ん、わかんない」


「そう、それは困ったわね・・・」


蓉子は考える

この後、薔薇の館で会議があるのだけれど

でも祐巳を放っておくわけにも行かなかった

というか正直、会議より目の前の子の方が大事に思えてきた


「じゃあ、私が一緒にあなたのお姉さまを探してあげるわ」


「ほんとう!?」


「ええ、本当よ」


「じゃあ、・・・えっと」


「?」


「えーっと」


「あ、まだ自己紹介してなかったわね。私は、水野蓉子」


「ようこさま」

 

『蓉子さま』

蓉子は祐巳の言葉を噛み締める

こんな子が妹にいたらどんなに幸せだろうか

ちょっと祐巳の姉が羨ましくなってきた


それにしても


(・・・こんな子に忘れ物を届けさせるなんて、一体どういう神経をしているのかしら)


蓉子は密かにそんな事を思う

もちろん、まだ祐巳の姉が祥子だとは気付いていなかった


(まぁ、でもそのお陰で祐巳ちゃんと出会えた訳だし)


うんうん、と1人納得していたら


「あ、紅薔薇さま。ちょうど良かった」


通りがかりの生徒に、声をかけられた

どこかの部活動の部員らしい

手には書類を持っている


「どうかしたのかしら」


「あの、ちょっとこの書類の事でお聞きしたい事が・・・」


その場で話を始めてしまった蓉子

祐巳にはもちろん話の内容はわからない

急に退屈になって、きょろきょろと辺りを見回してみたその時


「あ、ねこさん」


先ほど見失った猫が、外をのんびりと歩いていた

祐巳は思わず立ち上がって、猫の後をふらふらと追いかける


「ねこさん、まって」


別に捕まえようとするわけでもなく

ただ猫の後ろを祐巳は付け回していく

猫はそんな祐巳を気にするものの、逃げ出そうとはしない

しばらくして、ようやく猫は歩くのを止めた


猫は日なたでのんびりと体を丸める

祐巳はその前で屈むと、猫に手のひらを差し出した


「おて」


猫もお手をすると勘違いしているらしい祐巳

けれど当然、猫がお手をする訳がない

呑気にあくびをして、祐巳の手に顔を寄せてきた


「・・・?おて」


祐巳が首をひねって不思議に思っていると


「猫は、お手はしないよ」


突然、後ろから声がした

祐巳が驚いて振り返ると、片手に猫のエサを持った生徒が1人立っていた


「ゴロンタが私以外の人間に懐くなんて、珍しいね」


そう言いながら、その生徒は祐巳の隣で屈み込む

その人こそ、まさに白薔薇さまと呼ばれる佐藤聖その人だった

 

 

 

「あ、蓉子」


「江利子?こんなところで、何をしているの」


気が付いたら、そこに居ると思っていた祐巳が居なくなっていた

突然の出来事に、蓉子はうろたえる

ミルクホールを飛び出して、祐巳を探していたその時、後ろから江利子に声をかけられた


「ちょっと、人を探しているのよ。小さい女の子なんだけど」


「小さい女の子?」


「そう。ツインテールの」


「ツインテール?ひょっとして、祐巳ちゃん?」


「何であなた知っているのよ」


 「そんな事、どうでも良いわよ。それより祐巳ちゃんを探さないと」


「え、ええ、そうね」


2人して、慌ただしく駆け出す

普段の薔薇さまとは思えない様子だった

今、学園内ではこの2人の他にも祥子が祐巳を探して走り回っている

何も知らない生徒が見たら、何か大変な事が起きたのかと勘違いしてしまうだろう

 

 

 


2人が一生懸命祐巳を探していた時、当の祐巳はというと


「へぇ、祐巳ちゃんはお姉さまに忘れ物を届けに来たんだ」


「うん」


ベンチの上で、聖とじゃれ合っていた


「それにしても、祐巳ちゃんて抱き心地良いね〜。何だか眠くなってきちゃったよ」


聖はそう言いながら、祐巳に頬擦りする

何だか良くわからないけど褒められていると思っている祐巳は、嬉しそうに目を細めた


「祐巳ちゃんは、将来何になりたいのかな?」


「およめさん!」


「そっか。祐巳ちゃん、今、いくつ?」


「えーっと・・・5つ」


「5歳・・・という事は、あと11年か。祐巳ちゃん、私が祐巳ちゃんをお嫁に貰ってあげる」


「ほんとうに?」


「本当。祐巳ちゃん、だからチューしていい?」


「うん」


「なーんちゃ・・・って!?・・・い、いいの?」


聖は耳を疑った

冗談で言ったつもりだったのに、まさかOKが出てくるとは


どうしようか

可愛いとは言っても、相手は子供だ

確かに私は節操無いけど、でも子供に手を出すほど飢えてはいない

そうだ、冷静になれ、私

こんな子供にまで手を出したら、まさしくアレではないか

えーと、ロリ・ギガンティア


「は、はは、祐巳ちゃん、冗談だよ」


「?そうだったの」


祐巳が可愛らしく首を曲げて上目遣いに見てくる

その瞬間、聖の中で何かが勢い良く弾け飛んだ


「いただきます」


そう言って、聖は祐巳の頬に口付けた

さすがに唇にキスをするのは思いとどまった


(あー、本当に祐巳ちゃんは柔らかいなぁ)


と祐巳の頬を堪能していたら


「・・・聖?あなた、何をしているのかしら」


目の前に般若さまが2人

蓉子と江利子だった


「私たちの目の前で、随分と刺激的なことをしてくれるじゃない」


「よ、蓉子・・・それに江利子・・・」


祐巳にキスをしたまま、聖は固まる

2人は一歩一歩、恐怖を味わわせるように聖に歩み寄っていった


「節操が無いとは思っていたけれど・・・」


「まさか子供にまで手を出すなんてね」


「ちょ、ちょっと落ち着いてよ2人とも。これには深い訳が・・・」


「「言い訳するんじゃないわよ」」


「すいませんでした」


祐巳を聖から引き剥がすと、2人はそれぞれ片手ずつ祐巳と手を繋ぐ

とりあえず、ここで聖を血祭りに上げるのは止めておいた

『祐巳ちゃんの教育上良くないから』というのが蓉子と江利子の結論だった

 

 

祐巳と歩きながら、蓉子が訊ねる


「祐巳ちゃん、校内放送でお姉さまを呼び出してもらいましょう。そうすれば確実だわ」


「そうね、それが良いわ。祐巳ちゃん、あなたの苗字を教えてくれる?」


「おがさわら」


「「「・・・え?」」」


「おがさわら ゆみ」

 

・・・・・・・・・

 

「お、小笠原?」


「祐巳ちゃん、もしかして、あなたのお姉さまって」


「おがさわら さちこ」


 

・・・・・・・・・

 

道理でどこを探してもいない訳だ

まさか、身内の祥子の妹だったとは

 

「小笠原家が引き取った子って、祐巳ちゃんの事だったのね」


蓉子はそう呟きつつひっそりとため息を吐いて


「・・・『いつも微笑んでくれる』祥子なんて、見つかるわけ無いわよ」


江利子は1人、そう納得したのだった

 

 

 

その後

校内放送で呼び出されて、駆け込んで来た祥子が見たもの、それは


お茶を飲みながら楽しそうに皆と談笑する祐巳と

薔薇の館の前にある木に吊るされている、聖の姿だった

 

ちなみに、聖には『ロリ・ギガンティア』と書かれた張り紙が貼ってあった

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