「ごきげんよう、おねえさま」

 

祐巳はいつも通り幼稚舎に入ると、後ろから瞳子に挨拶をされる

瞳子の胸元では、先日あげたロザリオが光を受けて輝いていた


「あ、ごきげんよう、とうこちゃん・・・・・・おねえさま?」


「わたしは、ゆみさまのいもうとですから。ゆみさまも、わたしのことを“とうこ”とよんでくださいまし」


「え?う、うーん・・・と、とうこ?」


「はい、おねえさま」


何だか無性に照れくさくて、祐巳は顔を赤くした

そう言われてみれば、確かに自分も祥子や志摩子の事を「お姉さま」と呼んでいるけど

でも言われる立場になると、何だか胸のあたりがムズムズしてくる


「おねえさま、ごきげんよう」


今度は瞳子とは別の角度から呼ばれる

祐巳が声の方へと振り返ると、乃梨子がいつもの表情でこちらを見ていた

乃梨子の首にも、祐巳があげたロザリオがかけられている


「あ、のりこちゃん・・・じゃなくて、のりこ?ごきげんよう」


呼び捨てって慣れないなぁ、とか思っていると


「・・・ごきげんよう、おねえさま」


突然背後から、消え入るような声で挨拶をされる

振り返ると、いつの間に来たのか、可南子が居た

やっぱり可南子の首には、ロザリオがかけられていた


「えーと、かなこ。ごきげんよう」


照れつつも、どこか新鮮に感じられて祐巳も悪い気分ではない

嬉しそうに頬を緩めていると

 

がしっ

 

突然、誰かに腕を掴まれた


「ゆみさん!」


「あ、よしのさん」


祐巳の腕を掴んだのは、由乃だった

物凄い形相で瞳子たち3人を睨み付けると、祐巳を建物の影に連れて行く

 

「どうして3人にロザリオあげたの」


「え?だって、ほしいっていうから」


「だからってほいほいあげちゃだめでしょ!」


「どうして?」


「ロザリオは、そうかんたんにわたしていいものじゃないのよ」


「でも、とうこちゃんたちのこと、すきだし」


さらりと言う祐巳

由乃は怒りで顔を真っ赤にした


「・・・・・・もういい!ゆみさんのばか」


「え、ちょっと、よしのさん・・・」


由乃は吐き捨てるようにそう言うと、肩を怒らせてずんずんと歩いていってしまった

祐巳は何で由乃が怒っているのか、さっぱりわからない

しかし理由はわからなくても、仲良しの友達を怒らせてしまったのは、やはり気分の良いものではない

由乃に嫌われてしまったのかもと思うと、祐巳は悲しかった

 

 

「あれはね、うらやましいのよ」


首からカメラをぶら下げた子が、眼鏡をキラリと光らせて言う

彼女の名前は武嶋蔦子

先日誕生日プレゼントで念願のカメラを買ってもらって以来、いつも肌身離さずに持ち歩いている

蔦子もまた、祐巳の仲良しの親友だった


「うらやましい?」


「よしのさんは、ゆみさんがロザリオをあげた3人がうらやましいの」


「なんで?」


「ロザリオあげたってことは、“なかよしですよ”ってことだから」


「わたし、よしのさんともなかよしだよ」


「そうじゃなくて、よしのさんもそういうのがほしかったのよ」


「じゃあ、ロザリオあげればいいの?」


「・・・ゆみさんって、ほんとうにロザリオのいみわかってないのね」


「?」


「とにかくよしのさんは、“ゆみさんとなかよしですよ”っていうあかしがほしかったのよ」


「う〜ん?」


「あ、そのこまったひょうじょう、いただき」

 

 

「よしのさんは、ゆみさんがすきなのよ」


祐巳が次に相談したのは、髪をピンで留めている、七三の女の子

名前を、築山真美という

姉である高等部の新聞部部長・築山美奈子の影響を受けているらしい

よく隠れて人を尾行したり、観察したりしている


「わたしもよしのさんのこと、すきだよ」


「う〜ん、そういうことじゃなくて・・・」


「?」


「いちばんすきなひとが、ほかのひととなかよくしてたら、ゆみさんはどうおもう?」


「・・・やだ」


「よしのさんも、それとおなじよ」


「ふーん・・・?」

 

わかったような気がするし、わからない気もする

蔦子と真美は大人びているから、祐巳にはちょっと理解しづらい

でも、由乃が祐巳を嫌いになった訳では無いと言う事は、何となくわかった


でも、どうやって仲直りすれば良いのだろうか

祐巳は頭を悩ませる

話したいけど、何だか話しかけにくくて、タイミングが掴めない

由乃も由乃で、変に意地を張って祐巳を避けていた

 

 

「・・・そう。それは困ったわね」


帰りの車の中で、祐巳は思い切って祥子に悩みを打ち明けた

祐巳にとって祥子は一番頼れる存在だ

きっと祥子ならば、どうすれば良いのかを教えてくれるはずだった


「おねえさま、どうすればいいのかな」


「そうね。祐巳、由乃ちゃんの事、好き?」


「うん」


「仲直りしたい?」


「うん」


「なら、きっと由乃ちゃんも同じ事を思っているはずよ」


「でも、よしのさん、わたしとはなしてくれない・・・」


「由乃ちゃんも、きっと祐巳と仲直りしたいって思っているわ。

だから、明日思い切って話し掛けてご覧なさい。絶対、上手く行くはずよ」


祥子は確信している

由乃が祐巳を嫌いになるなんて絶対にないと

きっと今頃、由乃も後悔している

だからどちらかが歩み寄れば、元の鞘に収まるはずだ


祐巳はやっぱりまだ不安だったけど

でも祥子の言う事ならば、きっと間違いは無い

祐巳は明日こそ由乃と仲直りしようと、心に固く誓った

 

 

翌日

祐巳は休み時間に、由乃を連れ出した

心配してたけど、由乃は思ったよりすんなり了解してくれた

やっぱり、由乃も昨日のことを後悔していたのだ


「なに?ゆみさん」


「よしのさん、ごめん」


「え?」


いきなり頭を下げて謝る祐巳に、由乃は戸惑う


「な、なんでゆみさんがあやまるのよ」


「だって、よしのさんとなかなおりしたいんだもん」


「ゆみさん・・・」


由乃はそこで俯いて黙り込んでしまった

祐巳は次第に不安になって、由乃の顔色を伺う

沈黙が、痛い

 

「・・・・・・ごめんなさい」

 

永遠に続くかと思われた沈黙を破ったのは、絞り出すように呟いた由乃の言葉だった

由乃は、ぼろぼろと涙をこぼす


「わたしも、ゆみさんとなかなおりしたい」


「よしのさん」


「ゆみさん、ごめんなさい。ごめんなさい・・・」


祐巳に嫌われてしまったのではないかと、由乃は不安で仕方が無かった

仲直りしたいのに、なかなか素直になれない

もうずっとこのままなのだろうか、と思い始めた矢先の事だった


後悔や安堵、様々な感情が入り混じり、それが涙となって流れ出す

頬を伝う涙は、由乃の心のわだかまりを綺麗に洗い流していってくれるように感じられた


「よしのさん、なかないで」


「だって」


祐巳は少し困った顔をすると、今度は何かを思い立ったように、表情を輝かせる

そして自分の髪を縛っているリボンを解くと、由乃に差し出した


「はい」


「・・・・・・?」


「わたしたちの、“なかよし”のあかし」


「え?」


祐巳は昨日の蔦子の言葉を思い出す

 

『とにかくよしのさんは、“ゆみさんとなかよしですよ”っていうあかしがほしかったのよ』

 

ロザリオは無理だけど

でもこのリボンも、祥子に買ってもらった、祐巳の大事なものだ

それでも由乃にならあげても良いと祐巳は思った

だって祐巳は、由乃が大好きだから

 

「ありがとう、ゆみさん」

 

由乃はそう言って大事そうにリボンを胸に抱えると、涙で真っ赤に腫らした目で精一杯笑ってみせた

 

 

翌日

由乃は、いつものおさげの先を、祐巳からもらったリボンで結んできた

祐巳のリボンは少し大きかったけれど

でも由乃の満面の笑顔に祐巳のリボンは、よく似合っていた

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